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ダイレクター山崎敬充レポート ウガンダの拠点地図

ウガンダ活動最新情報
AAA-Uブログはじめました!
2003年 4月29日成田発 5月9日 5月12日 5月18日 9月1日
05.8.29 05.9.7 05.10.20

2003年4月29日成田発愈々ウガンダ活動の始まり!先ずはEメール/携帯電話がつながりました。現地報告をお楽しみに・・・

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2003年9月1日(月) 先日、カンパラから村に帰るとき、ガソリンスタンドに寄ったときの事です。ガソリンスタンドに入って、私は何気もなく普通に、「ディーゼル満タン」と頼みました。ウガンダでは燃料を入れる時には、満タンで入れる人は少なく、1万シル、2万シルとか、乗り合いのタクシーなどは何千シルといったように給油します。日本で言えば千円分とかそんな感じです。
 この日に寄ったスタンドは、マサカロードの途中で、あんまり栄えてはいない集落のスタンドでした。なので、ここで満タン入れるのはここにとって良い売り上げになるかなーとは思ってました。それで給油をしている時に、給油の機械の裏で、スタンドの兄ちゃんが何かしているのが見えて、裏に回ってみたら、兄ちゃんが一生懸命、手動ポンプのレバーを廻していました。途中休んだので、疲れた?と聞いたら、疲れてないと言ってまた廻し始めました。彼はこれは俺の仕事なんだから、疲れた疲れないの問題でもないし、こんな事くらいで疲れるかー、といった感じでした。
 私は兄ちゃんに、「ありがとう」と言わずにいれなかったのです。これは目に見えたことだからそう思えたんだと思います。ここで感じたのは、ガソリンスタンドで燃料を入れるという一つの事をとっても、元々は地球の地下資源、油田から原油を採掘し、それを世界の国々へ。そしてガソリン、軽油、灯油に。それが各スタンドに。それを自分の車に、と、自分が燃料を入れて貰うまでには、色んな、たくさんの人の手間がかかっているんですよね。簡単に燃料代と言いますが、燃料にお金を払うのではなくて、自分が燃料を使えるところまでの流れの人の手間にお金を払っているんですよね。元々の原油はただなわけですから・・・。
 普通電気のあるガソリンスタンドでは、給油のレバーを引くだけでガソリンが出ますが、この時は手動だった。兄ちゃんが手動ポンプのレバーを回していたから、目に見えて、ありがとうと言わずに居れませんでしたが、電気でレバーを引くだけのスタンドであっても、その機械を考えた人の手間、そして、その機械を作る人の手間、スタンドを経営する人の手間、そこで働く人の手間。
 ちょっと前に、ありがとうを言う先を探そうと思ってたところですが、ありがとうを言う先は探せばいくらでもあるなと感じました。こんな日常のことからでも・・・
 これも、ウガンダという、物質的には豊かでない国にいるから感じる事が出来たのかなと思います。その「ありがとう」という気持ちが、私に出来る恩返しのような事になり、その恩返しの代わりとしてお金を出しているんだ。と感じました。
 私は日本にいる時は、お金を出せば物を手に入れられるといった、感覚になってしまっていました。でもこれは、物質的に便利なことばかりの日本で育ったから、そういう感覚になっていたんですね。
 本来はどういうものなのか?元々はどうだったのか?私はウガンダに来て見えるようになりました。そう思うと、日本にいて、便利な事しか知らなかった自分が可哀相だった気がします。が、こういうところに来ると、逆に日本の素晴らしさも見えるようになるんです。
 給油するというところから、そんな事を感じました。                たかみつ

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5月18日(日)デジカメのケーブルとプリンターのケーブルを村に置いてきてしまっていたので、それを取りに行く為に村へ行ってきました。今ハイラックスが部品交換などの整備中なのでタクシー(ウガンダの場合、乗り合い)で行って来ました。前の経験から、タクシーを使うと村までの片道は5時間と見ていた(タクシーを使った場合、人が集まって出発するまでの待ち時間が長い)ので、日帰りするにはどうかな?って思ってたのですが、思い切って行ってみました。ハイラックスならば2時間で行けるんですが・・・鈴木先生、津久井君も一緒に行くことになりました。待ち時間を長ければ1時間近くかかるだろう予想して、朝は苦手なんですが早めに、朝7時前にタクシーパークへ。タクシーは私たちが乗ってまだ半分くらいの人でした。が私たちが乗った後すぐに一杯になり出発しました。待ち時間が殆ど無かったのが驚きでした。私のウガンダでの経験から考えてみたら、彼らの性格というか習慣で、外人が3人乗ったことで、外人が乗ってるから皆早くこれに乗れってな具合に、人を集め易かったのもあるだろうなと思いました。約2時間後ニェンド(マサカの手前の町で村へ行くタクシーに乗り換える町)のタクシーパークに到着。降りた直後にナブトングヮ(AAA−Uの拠点がある村)と言っていたら、ナブトングヮ方面のタクシーの兄ちゃんが寄ってきて、すぐに見つかりました。このタクシーはカローラです。私たちが乗った時点で客4人とドライバーになりました。通常カローラに5人乗ったら満員ですぐ出発と思うかもしれませんが、ウガンダの場合、カローラでも乗り合いの場合は8〜10人乗ります。だからもうちょっと人が集まらないと出発しないなと思っていたら、もう1人客が来て出発になり、これで出発?と思っていたら、タクシーパークを出た後の交差点で4人乗せました。これで前に4人、後ろ6人の10人です。10人乗ってる姿はご想像にお任せします。10時頃村に着きました。出発から約3時間です。こんなにスムーズに来れたのは初めてです。家に着いたら早速近所の子のアレックス(確か6歳)がおかえりと言って寄ってきました。その後からいつもの子供たちが来ました。ここで、いつも村に帰ったときに、最初に寄ってくるのはアレックスだったような気がして、小生意気だったりしますが、改めてかわいいやつだと思いました。久々に村に帰ってくると、いつも皆がムソケ、クリカヨと言って出迎え、また声をかけてくれます。(ムソケは私が村人たちに呼ばれている現地名。クリカヨはおかえりという意味です)自分がこの村が好きで、ここが落ち着く場所で、帰ってきたと感じられる一番の理由がこれかもなって思います。今日は日曜日なので、持って行くものを用意して、3時過ぎまでゆっくりと、昼ねしたり、子供たちと遊んだりしました。鈴木先生と津久井君が散歩に出てるときに、ドアのところに座ってセール、ジョージ、ジェームス、チーマら、いつも来る近所の子たちと話しながら、寝そべって目を瞑って寝たふりをしていたら、草でくすぐられたり、足を持たれたり、狭いのに隣に座ってきたり、なんでもないような、ささやかな幸せを感じたような、なんか平和だなと感じました。こんな雰囲気を無くさないように、この子達の為に色々としてあげたいと思いました。早く村での活動をスタートさせたいと思いました。帰りはニェンドまでボーダーボーダー(50ccのバイク)。小1時間バイクの後ろに乗っていて、この青々とした景色を見てて、やっぱり良いところだなと思いました。いつもハイラックスを運転しているので、ゆっくりと景色を見ながら走るのも久々で、気持ちよかったです。ニェンドに着いたら、ここでまたタイミング良くカンパラ行きのタクシーがありました。ここでも待ち時間なし。今日はついてる。しかしタクシー(ハイエース)に20人乗っていたのでここから2時間窮屈ではありました。20人ってマイクロバスに乗る人数だよなーって思いながら・・。夕方6時過ぎにカンパラのホテル着。帰りも約3時間。タクシーで行って行きも帰りも3時間で行ってこれたのがすごい。驚きです。こんな日曜日を過ごさせて貰いました。        たかみつ

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2003年5月12日、ハイラックスを部品交換、整備の為、JICAナカワに預けて来ました。2週間はかかるとの事で、これから2週間は歩きになります。藤さんと菅間君出迎えには行けるようにお願いはしました。歩きになると機動力が落ちてしまいますが、良い運動(ダイエット)になります。
 JICA自動車専門家の竹野さんの話で、車の部品で偽物が多く出回っていて、専門家でないと見分けがつかないそうです。実際本物と偽者を見せてもらいましたが、しっかりと偽者にも日本語で書かれているし、そら分からんわと思いました。書いてある字の印刷が微妙に雑であることは本物、偽物を聞いているから分かりましたが・・物の重さや材質で判断できるそうですが、やはり専門家でないと難しいようです。
 見分け方は教えてくれましたが・・そういった偽物はたいがい中国、韓国、台湾製だそうです。こっちの業者もそこで買ってくるそうです。
 理由は、日本製は高くて、そっちのは安いから。やはり偽物は質が悪くて、使っているうちにブレーキが効かなくなるとか、それを使っていることが原因でエンジン自体が壊れてしまうことがあるそうです。
 特にゴム製品は・・そのため、車ごとダメになってしまい、余計にお金がかかってしまう事が、結構あるそうです。それも本人はそのことを知らずに・・・。
 これって、しょうがない部分はありますが、けっこうな問題だと思いました。悪い部品を使って車自体をダメにしてしまう。車をダメにしてしまうような部品を作って売っている。これでは物を大切に出来ない。長持ちしなくなる。無駄遣いになってしまう。ということは、物の原料は地球から出来たものなので、地球の資源を無駄に使ってしまうことになる。
 今、地球の環境破壊が進んでいるわけですから、その一部になってしまっていることには変わりないと思います。そこまで考える人もあまりいないと思いますが、そこまで考えられないと、この先どうなってしまうのか?と心配になります。
 小さなことかもしれませんが、小さなことが出来なかったら大きなことも出来ないし、小さなことならば、小さいうちならば直すのも簡単だと思います。
 そんなことして金儲けしても先は見えてきてしまう・・・ものの本質を見極め、長い目で見れるようになりたいと思いました。                              たかみつ

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2003年5月9日 とりあえず持って来た荷物を整理して、カンパラで動くようにまとめる為に村へ行ってきました。日帰りでしたが鈴木先生と津久井君も、村の様子を見るだけみるという事で一緒に行って来ました。
 村の方も相変わらずで、着いたら近所の子供が嬉しそうに私の名前を呼びながら寄ってきました。毎度のことですが嬉しいもんです。
 車庫、コンテナの方は無事でしたが、残念なことに、やはり家の方には隙間から入られていました。持って行かれた物で分かったものは、梅干や海苔など日本食が入った箱から飴が持って行かれてました。持って行かれたくない物はコンテナに入れてあったので大丈夫です。他にもちょろちょろと有るかも知れませんがそのくらいです。このくらいで済んでいるのはとてもありがたい事です。
 まだ当分はカンパラにいるようになると思います。たかみつ

2003/5/8 こんばんは。今カンパラです。6日17:30頃カンパラ到着。鈴木先生、津久井君とも会いました。とりあえず、カンパラのインターネットカフェではこの 私のメールアドレスも使えるようになりました。日本語読めます、書けます。AAAまでお便り下さい。
皆さんに宜しくお伝え下さい。
 今日の午後に村に行ってきます。とりあえず持って来た荷物の整理の為。出来れば今日中、遅くても明日にはカンパラに戻ってきます。 たかみつ

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2005年10月20日 ムソケの畑でとれたEM栽培の大根の写真です。長いでしょう??

17日は林さんの誕生日だったので、ムソケが豆腐を作ってくれました。半年くらい前に買ってあった大豆をミキサーでつぶし、鉄本さんから頂いたニガリを使って、なかなかみごとな豆腐でした。大豆のかすはおからとおからケーキに変身。
 翌日、カンパラに出る用があったので、帰りに生クリームを買い、家で作りました。それを残りのおからケーキにつけ食べました。これがまたおいしかった☆
 豆腐、チーズ、パン、生クリームなどなど、最近は色々なものづくりに挑戦しています。食卓が賑やかになってきました。            よしえ

2005年10月26日

●コンテナ
カウンセラーに電話をしたところ、クリアランスのお金が出れば引取り出来るようになるそうで、そのお金は10月の終わり頃に県から出る予定だそうです。

●EM実験栽培
3シーズン目の栽培実験は、9月中旬にこれまでと同じようにメイズとビーンズが種植えされ、現在メイズが膝くらいまで育っていました。今の段階ではどれも同じような感じです。
2シーズン目の栽培実験結果のレポートがそろそろ出来てるだろうと思ってカワンダに行ったのですが、Dr.カイージはイギリスに出張中でいませんでした・・・戻ってくるのは11月中旬だそうです。

●日本語教室
カルングヘルスセンター所長のカヨンド君に彼女がいる事が発覚しました。
結婚を考えているそうで、すでに一緒にニェンドのカヨンド家に住んでいるそうです。名前はドーラ。カンパラ出身。その彼女が日本語を習いたいという事で、10月通うことになりました。林先生3人目の生徒です。今までで3回来ましたが、なかなか覚えが良いようです。

●ビザ
林さんのワークパミット申請しましたが、レターでの説明が不十分ということでレターを書き直し、来週来週となかなか進まないまま時間が過ぎていたのですが、私は今回でワークパミットが貰えるものと思って手続きしていたのですが、ビザ費用支払い用紙には36,000シリングと。これはスペシャルパスの金額なので戻って聞いてみると、ワークパミットが出るにはまだ時間がかかるので、それまではまたスペシャルパスという事でした。今回は2ヶ月分(11月27日)まででした。この2ヶ月の間にワークパミットが出るはずだからという事でした。

雨季の雨のお陰で、ずっと水汲みいらず、雨水だけで生活出来ています。
そして畑の方も作物が育ち、野菜を買わずに生活出来ています。
オクラ、人参、ニガウリ、チンゲン菜、小松菜、ピーマン、大根、春菊、もろへいやなどです。
パイナップル第二段はかなり大きいサイズが期待できます。しかも子供(パイナップルの実が出来ている脇から出てくる)が10個くらい出てきています。今生っている実を収穫したらこの子供たちを移植するのですが、うちにはそんなにパイナップルを植える土地がありません・・・

たかみつ

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2005年9月7日

◎カルング ヘルスセンター
カルングヘルスセンターのカヨンド君から薬が完全に無くなってしまうので、医療巡回もストップになる、何かアシストして貰えないか?というメッセージが届きました。
 日本に問い合わせてみると返事をしましたが、薬代などというのは現状無理なので、とりあえずうちにいっぱい余ってる抗生物質など、説明付きの物を英訳してあげようかと思っています。

◎5日、6日と続けて夕方に雨が降りました。
5日はカンパラに行っていたのですが、帰ってきたら、雨どいから水が流れ込むようになっているドラム缶2本が満タンになっていました。
6日にはかなり降ってくれて、EM1の製造に使っていた1tタンク(全部ボトルに詰めて洗っておいた)も満タンになるほどでした。
洗濯したいけれど、洗濯するほど水も無くなっていたところだったので、ありがたい雨でした。
村人たちの畑でも、前回の雨で豆を植えたが、最近土が乾いてしまっていたので、良い雨でした。カワンダにも降ってくれていると良いなぁと思いつつ。

そして、6日の雨から停電。一気に水確保が出来るくらい激しい雨が降った後にはいつも停電しいます。今回もどこかで電柱が倒れたか、電線が切れたか???雨に弱いウガンダ(特に村)の電気事情です。         たかみつ

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2005年8月29日

◎EM カワンダに3回目シーズン実験費用を支払いに行ってきました。
9月5日にEMボカシを持って行き畑の準備、その2週間後に種蒔きをする予定になりました。

2回目シーズンの結果はまだ仕上がっておらずでしたが、途中経過として、ビーンズの収量を参考に、「この感じなら良い推薦状が書けるよ」と好感触でした。
ビーンズの収量は
1.コントロール(何もしない) 約80kg
2.EM使用  約210kg
3.EM+牛糞使用  約240kg
4.牛糞使用  約170kg
5.化学肥料(40N+10P+40K)使用 約200kg
でした。良い感じです。

◎ ○○さんの家、土地見学してきました。鉄本さんの家から30〜40分くらい、カンパラからマサカに向かって走り、ワキソ県です。
丘の中腹から谷までの20エーカーで、谷のところでは湿地帯のような湧き水があり、その水で魚の養殖を始めていました。木が多くて農業するにはとても良い感じのところでした。なんだったら水田も出来そうなところでした。(田んぼ作るのが大変ですが・・・)。建設中の小さな家の裏には井戸が掘ってあり、この井戸にポンプをつけて汲み上げる予定だそうです。

 ウガンダ人のグレゴリーという人が、色々と動いていて、土地の一角にはグレゴリーの家もあり、魚の養殖、養豚、山羊などを始め出していて、果物の木やマトケを植えて、畑も始めていました。               たかみつ

2005年8月22日

◎消防車、救急車コンテナ
まだカウンセラーから連絡ありませんので、税金などの書類手続き中です。

◎NGO登録更新
8月1日に無事NGO登録のサティフィケート貰いました。今度は3年です。ありがとうございます。

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