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鉛筆になりたい!

たかはし のぶみ

vol,0「えんぴつ」

僕は、「えんぴつ」みたいな人になりたい。

えんぴつは、真ん中にまっすぐな“芯”を持っていて、周りは“木”で出来ている。

このえんぴつと同じように、心の真ん中にまっすぐな“芯”を持って、周りに“気”を、心を配っていける人。

そんな人に、僕はなりたいんだ。

“芯”を持っていないと、ただ周りに流されてしまう。

“芯”になるものを持っている人は、カッコいいよね。

だからといって、この世界にたった一人で生きているわけではないし、たった一人で生きていけるものでもない。

周りに“気”を配っていける感性が必要だと思う。

人は周りの人を支えたり、支えられたりしながら生きている。

感謝の心を忘れちゃいけないと思うんだ。

その感謝の気持ちが、“気”を配ることにつながるんじゃないかな。

僕はえんぴつから、そのことを教わった気がする。

えんぴつが教えてくれたことは、それだけじゃなかった。

えんぴつは、シャープペンと違って、削らなければ使えないんだよね。

人もそれと同じだと思う。

いろんな本を読んだり、映画を観たり、楽しいこと、苦しいこと、様々な体験を通して人間が削られ磨かれ、周りの人の役に立っていく。

削ったばかりのとがっているえんぴつは、凶器にも変わってしまうものだけど、使えば使うほど芯が丸くなっていく。

人も、このえんぴつの芯と同じように、最初は周りの人や物を傷つけちゃうくらい、とがっている時があるかもしれない。

僕にも反抗期があった。

だけどいろんな出逢いや経験が、僕自身を磨いてくれたおかげで、性格がだいぶん丸くなったんだと思う。

そして、えんぴつは使っていくと、最後には無くなってしまうよね。

僕のおばあちゃんは物をとても大切にする人で、小学校の頃は、えんぴつが小指のツメくらいになっても、10センチ程の銀色をしたサックに入れて使わせられたんだ。

友達に見られるのが恥ずかしかったんだけど、それを使っていたら、みんなは逆にうらやましがって、クラスでそのサックが流行ったりもした。

えんぴつを使い切るのって、達成感の中にも少しさみしい気持ちがある。

使い切ったえんぴつは、学校の裏に「えんぴつのおはか」を建てて埋めていた。

これと同じように、きっと僕も、使い終わる時が来ると思う。

それがいつになるかは分からないけど、いつかは来るんだよね。

「イヤだ」と言って、目を背けることもできるかもしれない。

だけど僕は、笑顔でしっかりと見つめていこうと思う。

“死”というのは極端かもしれないけど、例えば、学校からの卒業だったり、クラブやサークル、人との別れも、これに当てはまると思うんだ。

えんぴつは、無くなるまでに、ぼくらにいろんな字や絵を残していってくれるよね。

それと同じように、僕もいなくなるまでに、何かを残していきたいんだ。

それは何か形のあるモノかもしれないし、思い出のように形のないモノかもしれない。

どっちでもいい。

僕がここに居たという証(あかし)を残したいんだ。

だから今、こうしてこれを書いているのかもしれない。

また、えんぴつには、「色えんぴつ」があるよね。

人にも、それぞれいろんな個性や色がある。

濃い色の人もいれば、薄い色の人も、十人十色にいる。

でも、それでいいんだ。

他の人の色をうらやましがる必要はないよ。

その色は、その人しか出すことのできない色なんだから。

まったく同じ色の人なんて、一人もいない。

絵でも、薄い色があるからこそ、濃い色が映えて見えるし、濃い色があるからこそ、薄い色がやわらかな感じを与えてくれる。

だから、いろんな色の人がいていいんだ。

いや、いなくちゃいけない。

「みんなおれ色に染まれ」なんて思っちゃうけど、一色の絵なんてつまらないよね。

カラフルだからいい。

テレビや映画、ケータイやゲームボーイも、白黒からカラーに変わった。

その方がキレイだし、心にも残りやすいからだ。

だから、僕も君も、そのまんまの色でいいんだよ。

この世界をカラフルなものにするために。

そして、人と人とが出逢うということは、色と色とが出逢うということになるんだ。

仮に、僕の色が青だとするね。

青の僕が、赤い色の人と出逢う。

そうすると、僕の中にその人の赤い色が入ってきて、紫色が生まれるんだ。

けど二人は、まったく同じ色になるわけではなくて、ベースの色があるから、僕は青紫になって、その人は赤紫になる。

青は黄色と出逢うと緑に変化するし、白と出逢うと水色に変化するよね。

それと同じように、いろんな色が混ざり合って、その人独自の色になっていく。

人の出逢いってそういうもので、そうやって人は成長していくんじゃないかな。

だから僕は、いろんな人に出逢いたいって思う。

そして、相手から少しずつ色を分けてもらいながら、ぼくの色も少しずつ分けていく。

そうやって、僕だけの色を作り上げて行こうと思うんだ。

最後に、えんぴつで何かを書いたり、文字や絵を残していこうとしたら、必要になる物があるよね。

何か分かる?……そう!「紙」だよね。

僕はその「紙」を例えるとするなら、それは「神」に当たるんじゃないかと思うんだ。

「紙」と「神」って、言葉遊びみたいだけど、本当にそう思う。

この世界のありとあらゆるものは、神様の不思議な御守護で成り立っている。

そして僕たち人間は、神様の懐(ふところ)の中で、育まれ、生かされているんだ。

自分で生きているんじゃなく、理由(わけ)があって生かされている。

人間は「陽気ぐらし」をするために生まれてきた。

「側(はた)の人を楽させるため、“はたらく”ために生まれてきた」とも言われている。

つまり僕らは、自分が喜ぶため、そして人を喜ばせるために生まれてきたんだ。

僕たちが生かされているのも、その陽気ぐらしの世界を実現させるために、何かやり残していることがあるからなんだと思う。

そして、その僕たちすべての人間の色を受け止めて、この世界をカラフルな絵として表してくれる「紙」が、きっと「神様」なんだ。

濃い色の人も、薄い色の人も、とがった芯の人も、まぁるい芯の人も、すべての人を受け止め、受け入れ、この世界というキャンバスに表現させてくれている。

神様は必ずいるよ。

大丈夫、すべてはいい方向へ向かうから。

だからね、今を喜んで、先を楽しみに暮らしていこうね。

いつも笑顔で、一人の「えんぴつ人間」として。

読んで下さって、本当に有り難うございます。

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